Photo: Sado2018

Research

私の研究のテーマは,「時間依存密度汎関数法(TDDFT)による量子多体ダイナミクスの研究」です. 原子核の衝突,中性子星内の量子渦,冷却原子気体など,様々な量子多体系を対象とした研究を進めています.


超流動原子核の衝突に伴うソリトン励起


原子の中心には陽子と中性子(核子)から構成される“原子核”が存在します. 原子核物理の分野では,多くの原子核において,中性子は超流動的性質を示し,陽子は超伝導的性質を示すことが知られています. 超流動や超伝導の研究は,様々な分野で盛んに行われています. みなさんも,永久電流やマイスナー効果,リニアモーターカーなど,関連する話を聞いたことがあるかもしれません. それらの魅力的な現象の中でも,超流動体における量子渦やソリトンといった形で発現する“トポロジカル励起”は,最も奇妙な現象の1つです. それらの励起は,超流動体を記述する複素関数の位相の“捻じれ”や“不連続性”に伴って現れます. つい最近私たちは,最先端の大規模並列計算を行い,ソリトン的な励起(位相の急激な歪み)がエネルギー散逸やネック形成を妨げ,核反応ダイナミクスに大きな影響を及ぼす可能性があることを示しました [1,2,3]. 興味深いことに,ソリトン励起は2つの核を衝突させ,くっつける,核融合反応をも妨げるため,現在の技術で実験的に検証できる可能性があります. 以下のリンクから,私たちのTDSLDA計算によって得られた,ソリトン励起によって異なる様相を示す反応ダイナミクスのアニメーションを見ることができます. 近い将来,私たちの理論計算によって予言された超流動性の新奇な役割が,実験的に実証される日が来るかもしれません.

動画: 90Zr+90Zr反応に対するTDSLDA計算の結果.
左側: 衝突する原子核の密度分布; 右側: 中性子のペアリング場の絶対値;
各行は,それぞれ,異なる位相差で衝突した際の反応ダイナミクスを示しています.

Keywords:

核融合反応, 対相関, 超流動, ソリトン, TDDFT/TDSLDA/TDHFB

参考文献:

[1] P. Magierski, K. Sekizawa, and G. Wlazłowski,
     Phys. Rev. Lett. 119, 042501 (2017); arXiv:1611.10261.
[2] K. Sekizawa, P. Magierski, and G. Wlazłowski,
     PoS(INPC2016)214 (2017); arXiv:1702.00069.
[3] K. Sekizawa, G. Wlazłowski, and P. Magierski,
     EPJ Web of Conf. 163, 00051 (2017); arXiv:1705.04902.

共同研究者: P. Magierski, G. Wlazłowski


スピン偏極のある超流動フェルミ気体に発現するトポロジカル励起


フェルミ粒子と呼ばれる,上向きと下向きのスピン自由度(自転のようなもの)を持つ粒子がたくさん集まると,逆向きのスピンを持つ粒子がペアを作ることによって,超流動性が発現することが知られています. 少し話しが逸れますが,男女でペアを作って参加する形式の架空のダンスパーティーを思い浮かべてみてください. もし男性と女性の出席者の数が等しければ,(原理的には)全員がペアを作ることができますよね. でも,もし男女の出席者数が異なっていたら?そうすると,残念なことにペアを作れない人がいることになります. では,このペアを作れなかった人たちはどうするでしょうか?大人しく外から“勝ち組”の人たちを眺める?それとも,ペアで踊っている人たちの邪魔をする? ―― これと似た状況が,スピン偏極のあるフェルミ粒子多体系にも現れます. 実は,ペアを作れなかった粒子は,ペアを作った超流動部分から押しのけられてしまうのです(ペアを作った人たちがダンスホールを占拠…). 一方で,最新の大規模並列計算でダイナミクスを調べてみると [1],超流動部分に“欠陥”(ドメイン壁,渦輪,渦糸などのトポロジカルな欠陥)ができると,ペアを作れていない粒子がその欠陥内部に引き込まれ,欠陥の安定性に影響を及ぼすということがわかりました. さらに,私たちのシミュレーションの結果は,量子乱流現象 [2] の本質である渦糸の交差や再結合が,吸い込まれた粒子によって阻害される可能性を示唆しています. ―― 最初は外からダンスホールを傍観していたペアを作れなかった人たちも,隙を見てダンスホールに入り込み,影響を与えたのです! 私たちは,スピン偏極というフェルミ気体の新しい自由度を導入し,質的に新しい現象を探求しています.

動画: スピン偏極(20%)を持つフェルミ気体に対するTDSLDA計算の結果.

Keywords:

トポロジカル励起, 超流動, ユニタリーフェルミ気体, スピン偏極, TDDFT/TDSLDA/TDHFB/TDBdG

参考文献:

[1] G. Wlazłowski, K. Sekizawa, M. Marchwiany, and P. Magierski , Phys. Rev. Lett. 120, 253002 (2018); arXiv:1711.05803.
[2] C.F. Barenghi, L. Skrbek, and K.R. Sreenivasan, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 111, 4647 (2014).

共同研究者: P. Magierski, G. Wlazłowski, M. Marchwiany


中性子星内殻における超流動中性子の渦のダイナミクス


重い星がその一生を終えるときに起こす超新星爆発の残骸として,中性子星と呼ばれる,太陽質量が半径10km程度に凝縮された,高速に回転する高密度な天体が形成されることがあります. 詳細な観測により,グリッチと呼ばれる,中性子星の回転速度が急に変化する現象 [1] が発見されているのですが,その起源は依然として天体物理学の未解決問題の一つとして残されています. グリッチは,中性子星内殻の不純物(中性子過剰核によって構成されるクーロン格子)にピン留めされていた大量の超流動中性子の渦が雪崩的にピン留めから解放されることにより生じるという説が有力です [2,3]. そのアイディアは40年以上も前に提案されたのですが [2,3],グリッチを理解するための鍵となる,渦と原子核の間の相互作用すらよくわかっていないというのが現状です. 渦と原子核の相互作用の微視的理解を確立させるとともに,グリッチの起源を明らかにするために,私たちは,大規模GPU計算機を駆使し,超流動現象を記述できるように拡張されたTDDFT(TDSLDA [4])を用いた研究を行いました. シミュレーションの結果,少なくとも2つの中性子密度(0.014 fm-3,0.031 fm-3)において,渦・原子核間相互作用が“斥力的”であるということが明らかとなりました. また,私たちの結果は,“渦糸の屈曲”と“原子核の変形”という,新たな自由度の重要性を示唆しています. 以下のリンクから,私たちのTDSLDA計算 [5] により得られた,渦・原子核系のダイナミクスのアニメーションを見ることができます. 私たちの知る限り,この研究は,核子自由度をあらわに扱い3次元実空間において渦・原子核系のダイナミクスを記述した,世界で初めての研究です.

動画: 渦・原子核系のダイナミクスに対するTDSLDA計算の結果.
青い線: 渦糸の中心位置; 赤い点: 原子核の中心位置; 矢印: 渦から原子核に働いている力.(中性子密度: 0.014 fm-3,陽子数: Z=50)

Keywords:

グリッチ, 量子渦, ピン留め, 超流動, 対相関, 中性子星内殻, TDDFT/TDSLDA/TDHFB

参考文献:

[1] N. Andersson et al., Phys. Rev. Lett. 109, 241103 (2012).
[2] Richard E. Packard, Phys. Rev. Lett. 28, 1080 (1972).
[3] P.W. Anderson and N. Itoh, Nature 256, 25 (1975).
[4] A. Bulgac et al., Science 332, 1288 (2011).
[5] G. Wlazłowski, K. Sekizawa, P. Magierski, A. Bulgac, M.M. Forbes, Phys. Rev. Lett. 117, 232701 (2016); arXiv:1606.04847.

共同研究者: P. Magierski, G. Wlazłowski, A. Bulgac, M.M. Forbes


中性子過剰な不安定核の生成へ向けて


実験技術の発達に伴い,地球上に天然には存在しない不安定な原子核を人工的に生成し,その性質を調べることが可能となりました. 不安定核は,加速器を用いて原子核と原子核を衝突させることにより,生成することが可能です. しかし,どの原子核を入射核と標的核に選び,どのようなエネルギーで衝突させれば目的の不安定核を生成できるのかということは自明ではなく,理論的な予測が不可欠です. 一方で,低エネルギー重イオン反応に伴う多核子移行反応が重い中性子過剰核の生成に有効である可能性が指摘され [1,2],注目を浴びています. しかし,これまでに用いられてきた理論は経験的なパラメータを含んでおり,より予言力のある微視的な枠組みの発展が望まれていました. そこで私たちは,反応に関する一切のパラメータを含まない微視的な枠組みであるTDDFTを用い,多核子移行反応の記述を試みました [3]. その結果,TDDFTにより移行反応の断面積を定量的に記述できることが明らかとなりました. 現在は,最新のHPCIシステムを駆使し,様々な初期条件に対する系統的なTDDFT計算を行うことにより,微視的反応機構を明らかにし,目的の不安定核を生成する最適な条件を予言することを目指し,研究を進めています. 以下のリンクから,私たちのTDDFT計算 [3] により得られた,58Ni+208Pb反応のアニメーションを見ることができます. 太い“くびれ”構造の形成と断裂のダイナミクスに伴い、多数(10個以上)の核子が鉛からニッケルへと移行しています.

この研究課題については,インドのムンバイにある Bhabha Atomic Research Centre (BARC) の実験グループとの共同研究を進めています [4,5].

Keywords:

不安定核生成, 多核子移行反応, 低エネルギー重イオン反応, TDDFT/TDHF

参考文献:

[1] C.H. Dasso et al., Phys. Rev. Lett. 73, 1907 (1994).
[2] V.I. Zagrebaev and W. Greiner, Phys. Rev. C 87, 034608 (2013).
[3] K. Sekizawa and K. Yabana, Phys. Rev. C 88, 014614 (2013).
[4] Sonica et al., Phys. Rev. C 92, 024603 (2015).
[5] B.J. Roy et al., Phys. Rev. C 97, 034603 (2018).

共同研究者: K. Yabana, B.J. Roy


最も重い元素の合成へ向けて


みなさんは,周期表がまだ未完成であり,ときどき更新されているということを知っていましたか? 例えば,新しい元素として113番,115番,117番,118番元素が追加され,7行目(第7周期)が完成したのは,つい最近のことです(2016年6月). 実は,地球上に天然に存在する安定な元素の内,最も原子番号が大きい元素はウラン(U: 原子番号92)で,それより大きい原子番号を持つ元素は人工的に生成されてきました. その中でも原子番号が103を超える元素は超重元素と呼ばれ,2つの原子核を衝突させ,くっつける,核融合反応によって生成されます [1]. 自然界に存在できる元素の最大の原子番号を明らかにすることは,原子核物理学の最も挑戦的な課題の一つです. 最近話題になった,当時理研の森田さんの実験グループによる113番元素の合成 [2](2016年11月にニホニウム(Nihonium, Nh)と命名されました)は,超重元素合成の典型的な例の一つです. 超重元素の合成は,準核分裂過程と呼ばれる反応過程によって核融合反応が阻害されるため,極めて困難です. 目的の超重元素を合成するために,競合する主要な反応過程である準核分裂過程の理解を確立させることが望まれています. そこで私たちは,実験データが豊富にあり,未知の120番元素を合成し得る反応としても期待される64Ni+238U反応に対し,TDDFTを用いた詳細な分析を行いました [3]. 私たちの計算の結果は,準核分裂過程が「量子力学的な殻効果」と「変形した238Uの向き」に敏感であることを示唆しています. 以下のリンクから,私たちのTDDFT計算 [3] により得られた,64Ni+238U反応のアニメーションを見ることができます. 同じ入射エネルギーでも,238Uの側面に64Niが衝突した場合にのみ、120番の超重元素の合成が期待できるコンパクトな複合系が形成されていることがわかります.


           1) ウランの先端から衝突した場合 → 準核分裂過程


           2) ウランの側面から衝突した場合 → 捕獲過程

Keywords:

超重元素合成, 核融合反応, 準核分裂過程, 低エネルギー重イオン反応, TDDFT/TDHF

参考文献:

[1] Y. Oganessian, J. Phys. G 34, R165 (2007).
[2] 理研仁科センター 113番元素・ニホニウム 特設ページ.
[3] K. Sekizawa and K. Yabana, Phys. Rev. C 93, 054616 (2016).

共同研究者: K. Hagino K. Yabana





博士後期課程(筑波大学大学院 数理物質科学研究科 物理学専攻)


博士論文題目
Multinucleon Transfer Reactions and Quasifission Processes in Time-Dependent Hartree-Fock Theory
(時間依存Hartree-Fock理論による多核子移行反応と準核分裂過程)
Keywords
時間依存 Hartree-Fock (TDHF) 法, 時間依存密度汎関数理論 (TDDFT), 多核子移行反応, 準核分裂過程, 低エネルギー重イオン反応, 粒子数射影法
指導教員: 矢花一浩

概要 (PDF, 35 KB);  ダウンロード: つくばリポジトリ 


博士前期課程(筑波大学大学院 数理物質科学研究科 物理学専攻)


修士論文題目
Time-Dependent Mean Field Theory for Multi-Nucleon Transfer Reaction
(時間依存平均場理論による多核子移行反応の研究)
Keywords
時間依存平均場理論, 多核子移行反応, 時間依存 Hartree-Fock (TDHF) 法, 核反応シミュレーション, 粒子数射影法
指導教員: 矢花一浩

概要 (PDF, 26 KB) 


学部卒業研究(東京理科大学 理学部第一部 物理学科)


研究テーマ
高密度核物質中に発現するカラー超伝導
Keywords
クォーク物質,2フレーバーカラー超伝導相,乱雑位相近似 (RPA)
指導教員: 鈴木公